重要性を増す危機管理広報
不正・不祥事の発生に際し企業が情報を発信する「危機管理広報」は、今では一般にも浸透してきました。
しかし、企業の理解不足が原因で、適切なタイミングで情報が発信されなかったり、発信した情報の内容が不足していたりして、火に油を注ぐ結果になっているケースも少なくありません。また、法務部門が「危機管理広報は広報部門の役割である」と誤解して、積極的には関与しないケースも見られます。
本稿では、危機管理広報の最新トレンドを何点かを紹介しつつ、法務部門が危機管理広報で果たすべき役割を解説していきます。
危機管理広報の位置づけ
取締役の善管注意義務と危機管理広報
危機管理広報に対して、「いざとなれば、他社事例を参考に見よう見まねで行えば炎上しない」「困ったら広報コンサルに依頼すればいい」などと軽く見ている企業は少なくありません。
しかし、危機管理広報は、善管注意義務を負う取締役の責任の下、「企業価値を回復・維持・向上させる」との目的意識をもって積極的かつ自主的に取り組むべきものです。
2024年に起きた小林製薬株式会社の紅麹関連製品の問題では、会社は1月15日に「製品を摂取した患者が急性腎不全を起こして入院し、透析治療中である」との医者からの第一報を受け、2月6日に社長の耳に入れるまでの約3週間のうちに6件もの同種の情報を得ていました。ところが、小林製薬は法律に基づく行政報告の必要性だけを意識して、紅麹関連製品との因果関係の有無を調査することを優先した結果、消費者庁への報告や社長らによる記者会見を行ったのは3月22日でした。
本来、人の口に入れる物を製造・販売している会社である以上、短期間に同種の健康危害が発生しているとの情報を入手したら、その時点(少なくとも社長の耳に入れた2月6日時点)で「もしかしたら危ないかもしれない」と受け止めて、製品を自主回収するなど消費者の安全確保を最優先に考えた行動をしなければなりません。
危機管理広報の観点でいえば、たとえ因果関係が判明していないとしても、消費者に向けて、「当社製品を摂取された方から健康を損ねたとの複数の報告を受けています。お客さまの安全のために、お手元にある製品を摂取しないでください。また、店頭で見かけても購入しないでください」などと情報を発信しなければならなかったのです。
こうした情報を発信することは、取締役の善管注意義務が法的根拠です。
善管注意義務は、株主から会社を預かり管理している者として「企業価値の最大化」を目指す義務です。そのため、企業価値の低下を招きそうな事象が発生したときには、企業価値の低下を未然に防止する、あるいは企業価値の低下を最小限度に留めるための対策を講じることが求められます。これが「危機管理」です。
会社が製造・販売している紅麹関連製品によって次なる被害者が出てしまうと、小林製薬は、株主・投資家、世の中の人たちからは「消費者の安全に配慮しない会社」と受け取られ、企業価値が低下します。
そのため、これ以上の被害者を出して企業価値が低下しないようにするために、危機管理の手段の一つとして、消費者に対して「口にするな」との情報を発信しなければならなかったのです。
「危機管理広報に言及した裁判例」を踏まえた法務部門の動き
危機管理広報が取締役の善管注意義務によるものであることは、判例でも言及されています。
ビル等の基礎に用いる免震積層ゴムの一部が、国交省の大臣認定を不正に得ていたことが発覚したにもかかわらず出荷を停止しなかった取締役の責任が問われたTOYO TIRE 株主代表訴訟判決(大阪地判令和6年1月26日)では、「かかる製品を販売する企業の取締役としては、出荷済みの製品が大臣評価基準に適合しないものであった場合には、可及的速やかに国交省に報告するとともに、一般に向けてかかる事実を公表することが求められるというべき」として、監督官庁に対する報告義務だけでなく、世間一般に対して情報発信することが取締役の義務であると明言されています。
すなわち、危機管理広報は広報部門に任せておけば済むものではなく、法律上の義務として行うべきものであり法務部門にも関係する、ということです。
法務部門は、企業価値を低下させる事象が発生したときには、取締役らに対して「情報発信する義務があります」などと進言する役割を担っていることを自覚してください。
危機管理広報をする際の目的意識
危機管理広報は企業価値の低下を防ぐための一手段である以上、広報は「企業価値を維持・向上・回復する」との目的意識を持つことが不可欠です。
より具体的には、
① 現在進行形の危機の解消・拡大防止
② 企業に対する信頼の維持・回復
のために、積極的に情報を発信していくのです。
すなわち、「現在進行形の危機の解消に役立つかどうか」「自社に対する信頼を回復することになるか」を基準にしながら、発信する情報の内容を決めていく必要があるということです。
2025年3月、外食チェーンの「すき家」が提供した食事に異物(ネズミ)が混入していたとの情報がSNSで拡散され、報道されました。すき家は、お客さまから不衛生と受け取られ、その不安感から客離れを招くかもしれない危機に瀕したといってよいでしょう。
すると、すき家は、異物混入が発覚した後に原因調査・清掃作業を行ったこと、異物混入の経路などを詳細に公表しました注1。
衛生面に対してお客さまが不安になっているのだから、その不安感を解消し、信頼を回復するためにはどんな情報を発信するのが適切だろうかとの目的意識があったからこそ、その目的に沿った内容の情報を発信できたのでしょう。
しかも、すき家は情報を1回発信して終わりにするのではなく、お客さまからの問い合わせを受けて、2回目の情報発信注2も行いました。これもまた、お客さまの不安感を解消するという目的の下に、情報を追加して発信した行動と理解できます。
こうした目的意識を持つことは、広報に限らず危機管理全般において必要です。法務部門(会社によっては危機管理委員会や総務部門なども含む)は、「業法で報告が義務づけられているかどうか」と狭窄的に危機に対処するのではなく、「企業価値の維持・向上・回復」のためには、全社的にどんな危機管理を行うことが求められているか、その際に広報部門からどんな情報を発信することが求められているかを常に鳥瞰して考えるようにしてください。
開示と危機管理広報の違い
上場会社では、金融商品取引法によって「開示」が義務づけられているため、「開示をしさえすれば危機管理広報をしたことになる」と思い込んでいる法務担当者も多いと思います。
日本証券取引所の「上場会社における不祥事対応のプリンシプル 」に「不祥事に関する情報開示は、その必要に即し、把握の段階から再発防止策実施の段階に至るまで迅速かつ的確に行う」などと記載されていることも、「開示」をすれば不祥事対応としての危機管理広報をしたことになる、との誤解を招く原因になっているかもしれません。
しかし、「開示」は、あくまでも株主・投資家に向けて、投資の判断に影響を与える事象が発生したことを知らせる情報発信です。現在進行形の危機の解消・拡大防止、信頼の維持・回復によって企業価値を維持・回復・向上させる目的は含まれていません。
たとえ「開示」が義務づけられていない状況でも、積極的な情報発信を必要とすることが求められる例もあります。また、「開示」した内容に、より詳細な情報を追加するために情報を発信することが必要な場面もあります。
機関投資家のオアシス・マネジメントは2024年4月1日、「より強い花王を」との特設サイト開設するなどして、花王に対してさまざまな経営上の提案を行いました。その後もオアシス・マネジメントは「株主との対話」の要請、株主提案などを行いました。
これに対して、花王は2025年2月に「株主提案に対する当社取締役会意見と企業価値向上に向けた取り組み」と題する全58ページに及ぶパワーポイントの資料を公開しました。開示が義務づけられていなくても、来たる株主総会に向けて株主・投資家の支持を得て、機関投資家のターゲットになっている現在進行形の危機を解消するという目的の下、これらの資料を公開したものと理解できます。
このように、法務部門は、敵対的買収や機関投資家からの要請への回答もまた危機管理広報であることを意識して、IR担当や広報部門に任せるのではなく、資料の作成、公開に積極的に関与することが望ましいです。
企業の社会的責任を意識した危機管理広報
現在、企業は社会的責任を意識しないわけにはいきません。その中でも特に、「ビジネスと人権」の要請が注目されています。平たく言えば、
① 自社で直接の人権侵害をしないこと
② 取引先等での人権侵害を助長・促進しないこと(間接的な人権侵害をしないこと)
の2点が社会的に要請されています。
そのため、企業が情報発信する内容に「ビジネスと人権」を意識したフレーズを入れることも珍しくありません。
2022年4月、吉野家ホールディングス(HD)執行役員兼吉野家常務取締役が、社会人向けマーケティング講座の講師としてジェンダーの観点から不適切な発言をしたことで解任されました。
このとき、株式会社吉野家は「人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものではありません」と言及して謝罪し注3、吉野家HDは解任理由を「人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があった」と説明しました注4。
また、2025年1月にフジテレビの女性職員が芸能人から性加害を受け、社長が情報を認識した後も何ら対応しなかった件では、「ガバナンスの機能不全」「女性の人権を軽視している」などの指摘が相次ぎました。
これを受け、多くのスポンサー企業が、CM出稿を一時的に停止しました。スポンサー企業の立場からすると、取引先であるフジテレビでの人権侵害(女性職員の人権を守らない)を助長・促進しないための行動です。
CM出稿の停止に関して、セブン&アイ・ホールディングスは「ガバナンスや人権の観点から、現時点では不透明な点が多いため、2月分のCMはキャンセルしました」と説明し、バンダイナムコグループは「バンダイナムコグループの人権方針に則り検討を行い、スポットCMは中止またはAC広告に切り替え」などと説明しました。
このように「ビジネスと人権」を意識したフレーズを入れることができると、世の中の人たちには「意識の高い会社」と移り、企業価値が向上していきます。
法務部門は、危機が発生したときに、役員解任や取引の解除、一時的な見合わせが適法にできるかといった論点だけに拘泥するのではなく、企業の社会的責任や「ビジネスと人権」の観点を意識しなければならない事案であるかと大局的に検討し、そのような事案であると判断したときには、広報部門やIR部門に対して「対外発表の際に“ビジネスと人権”を意識したフレーズを入れられないか」と提言するなど横の連携をとる必要があります。
経営判断の過程を情報発信する
企業の社会的責任を意識して事業の中止を決定した際に、その意思決定・経営判断の過程を危機管理広報として情報発信することもあります。
積水ハウスは2024年6月、東京都の国立駅近くに建築していた分譲用マンションを完成間近になってから解体することを公表しました。
マンションの建築それ自体には違法性はありませんでした。にもかかわらず、完成間近に解体することは、一見すると不合理な意思決定です。そのため、建築費、解体費などの損失が不合理な意思決定によって発生したと捉えると、取締役の経営判断の法的責任を問われる事態に発展しかねません。
しかし、いわゆる「経営判断の原則」によって、意思決定の過程と内容が著しく不合理でない限り、取締役は善管注意義務の責任を負いません(最判平成22年7月15日・判時2091号90頁(アパマンショップホールディングス事件))
そうだとすると、企業は一見すると不合理な意思決定なように見える場合でも、実際には企業の社会的責任を意識した合理的な意思決定である(著しく不合理ではない意思決定である)ことを、特に株主・投資家に向けて説明する必要に迫られるときがあります。
積水ハウスは、マンション事業中止(解体)の経緯について、「建物が実際の富士見通りからの富士山の眺望に与える影響を再認識し、改めて本社各部門を交えた広範囲な協議を行いました」「現況は景観に著しい影響があると言わざるを得ず、富士見通りからの眺望を優先するという判断に至り、本事業の中止を自主的に決定しました」と発表しました注5。
これは、近隣住民の富士山への眺望に配慮するという企業の社会的責任を優先し、しかも、トップダウンではなく本社各部門を交えた広範囲な協議を経たもので、意思決定の内容の過程のいずれも合理的な意思決定であると説明しているのと同義です。
法務部門は広報部門が行う情報発信のリーガルチェックをするときに、法令違反な要素がないか表現を微細にチェックして無味乾燥な情報発信に修正してしまいがちです。そうではなく、「一見して不合理な意思決定の場合には、経営判断原則という判例上のルールが適用される。経営判断原則を意識した…という表現はできないか」などと前向きな表現ができるように広報部門と向かい合って表現を練りあげて下さい。
ガバナンスへの言及
現在、「ガバナンスが機能しているか」に関する株主・投資家、世の中の人たちの関心は非常に高くなっています。危機管理広報においてもガバナンスに言及することはあり、その言及の方法は、大きく二つのパターンに分かれます。
(1) 不正・不祥事の「原因」とガバナンス
一つは、企業内で不正・不祥事が発生したときの「原因」に関連させてガバナンスに言及するパターンです。
具体的には、「ガバナンス体制が“整備”されていなかった」、あるいは「ガバナンス体制は整備していたもののガバナンスが“機能”しなかった」のように言及します。
ENEOSホールディングス(HD)は2023年12月、会食の席での社長による不適切な言動をきっかけに、代表取締役社長・社長執行役員を解任(取締役からは辞任勧告)したほか、同席していた代表取締役・副社長執行役員への辞任勧告、常務執行役員の報酬減額を公表しました注6。
このとき、ENEOS HDは副社長と常務については「懇親の場の事務局責任者でありながら…社長による度を越した飲酒および不適切行為の発生という痛恨の事態を生ぜしめたことに対する結果責任」「コンプライアンス部門のトップとして、人権尊重・コンプライアンスの取り組みを推進すべき立場であるにかかわらず…」などと説明しています。
これは、役員相互のガバナンスが機能していなかったことが副社長と常務の処分理由であることを明らかにしたものと理解できます。
(2) 不正・不祥事の「事後対応」とガバナンス
もう一つは、企業内で不正・不祥事が発生した後の「事後対応」に関連させてガバナンスに言及するパターンです。
特に社長が不正を行ったときに、役員相互のガバナンスが機能したからこそ社長を解職した、取締役からの辞任勧告を決議したなどと説明すると、役員相互のガバナンスが機能していたことを対外的にアピールすることができ、その後の信頼回復に繋がりやすくなります。
オリンパス株式会社は2024年10月、取締役代表執行役社長兼CEOが辞任したことを明らかにしました。その際、辞任のきっかけを、「当社は、(社長)が違法薬物を購入していた旨の通報を受け、外部の法律事務所とも相談の上、直ちに事実確認を行うとともに、捜査機関に対して報告し、捜査に全面的に協力してまいりました」と説明し、続けて、辞任した理由を「内部調査の結果、当社取締役会は、(社長)が当社の行動規範、コアバリューそして企業文化とは相容れない行為をしていた可能性が高いと全会一致で判断したことから、同氏に辞任するよう求めたところ、同氏がこれに応じ、取締役会が受理した…」と発表しました注7。
前半部分は、「現在ではたとえ社長に対する通報であっても隠ぺいすることなくきちんと向き合って適切に対処する企業に変わっている」ことのアピールに繋がっています。また、後半部分は、「行動規範、コアバリュー、企業文化と相容れない行為をしていた可能性が高い」と判断したときには社長に辞任を求めることができる、すなわち役員相互のガバナンス(妥当性監査)が機能していることをアピールできています。
(1)と(2)のどちらのパターンでもガバナンスに言及することで、今後は社内のガバナンスが機能していくだろうと期待させ、信頼を回復することに繋がります。法務部門は、広報部門に対して、「単に役員の解任・辞任を発表するのではなく、ガバナンスを意識して…というニュアンスを出してほしい」などと進言すべきでしょう。
まとめ
危機管理広報に、法律・コンプライアンス、企業の社会的責任などの意識を反映させることも求められる時代になりました。発信する情報の内容を広報部門に任せるだけではなく、法務部門も積極的に助言していく時代です。ただし誤解していただきたくないのは、揚げ足を取られないよう法律的な無味乾燥な情報発信にするための助言という意味ではありません。本稿で取り上げたような意識を広報に反映させていくための助言という意味です。
本稿で取り上げた内容は、私が日頃から企業からの相談や研修で話している危機管理広報のポイントのごく一部でしかありません。
法務担当者の皆さんも日頃から他社の不正・不祥事の報道を見ながら、「わが社で情報発信するなら、法務の観点からは、どういう要素を採り入れたらいいか」などと情報発信の意識を養ってください。
- すき家公式サイト「すき家に関する一部報道について」(2025年3月22日)。[↩]
- すき家公式サイト「すき家に関する一部報道について(第2報)」(2025年3月27日)。[↩]
- 株式会社吉野家「当社役員の不適切発言についてのお詫び」(2022年4月18日)。[↩]
- 吉野家ホールディングス「当社役員の解任に関するお知らせ」(2022年4月19日)。[↩]
- 積水ハウス株式会社「分譲マンション「グランドメゾン国立富士見通り」の事業中止について」(2024年6月11日)。[↩]
- ENEOSホールディングス株式会社「社長等の処分および異動について(代表取締役の異動等)」(2023年12月19日)。[↩]
- オリンパス株式会社「代表執行役の異動について」(2024年10月28日)。[↩]

浅見 隆行
アサミ経営法律事務所 弁護士
97年早稲田大学法学部卒業。00年弁護士登録。中島経営法律事務所入社。05年同事務所パートナー就任。09年アサミ経営法律事務所開設。企業危機管理を中心に、危機管理広報、会社法・株主総会・情報セキュリティなど企業法務全般に取り組んでいる。著書に『危機管理広報の基本と実践』(2015年、中央経済社)、『判例法理・株主総会決議取消訴訟』(共著、2024年、中央経済社)。2015年から月刊広報会議にて「リスク広報最前線」を連載中。
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